先生との飲み会 88期 山田 竜策

今年の年明けから暫く経った一年で最も寒い季節、在学中にお世話になった永冨先生のお宅へ伺った。

待ち合わせ場所へ行くと、先生が自分と逆方向を向いて腰かけていた。

後ろから「先生、お久しぶりです」と声をかけると、振り返りニコッと笑い「今日は良く来てくれたねー」と相変わらずの穏やかで、優しい声が返ってきた。

高校入試の時は私の試験官を担当され、その一週間後の合格発表の日には、合格者番号の載ったボードを抱えてブラバン小屋前に運んできた。

朝の自転車通学時では、ご自宅の玄関で生まれたばかりの長男さんを抱きかかえた奥様に見送られ、笑顔で登校される姿を見かけた事もある。

部活の後に教室で同期生達とカバヤで買ったお菓子を食べていたところを先生にみつかり、何故か先生も一緒に食べたこともあった。

卒業後も両親を介して何度かお話しする機会があり、同窓会を通じてSNSでも繋がり、今回先生のご自宅に伺うという流れになった。

豊浦で英語の教鞭をふるった経験もある奥様と3人でテーブルを囲み、素敵なご馳走を振舞って頂いた。

立ち話は何度もしたことがあったが、この様な長時間話をしたのは初めてであった。

近況報告や在学中の話、先生ご夫妻がヨーロッパ旅行をした時の話、在校時の自分自身への後悔や当時の母校に対する不満なども聞いて頂いた。

会話の中のちょっとしたことで先生に褒めたりして頂くと、この年になっても照れ臭くなる。

永冨先生の担当された現代社会の初日の授業では自己紹介もなく、第一声があのリンカーン大統領の名ゼリフ「人民の、人民による、人民のための政治」の英語版オリジナル、即ちgovernmentで始まった。

そのまま正式な自己紹介も無かったため、88期生は永冨先生の事をガバメントと呼ぶようになった。

因みに、ご自身のあだ名に関して聞いてみると、先生はご存じなかったようであった。

その授業の中身は主に政治、宗教、思想、哲学等、広い分野に亘もので、高校の授業と言うよりは大学の講義に近い雰囲気であり、当時は授業を受けていても殆ど意味が分からなかった。

寧ろ知識や経験を積んだ今こそ受けてみたい授業であると感じている。 

今回一緒に飲んでいる間も、会話の節々で古代ヨーロッパの政治や宗教等の話をされ、流石だなぁと思うことが多々あった。

昼から飲み始めて約6時間、最後の方は 日本酒でお互い呂律が回らない程のヘロヘロな状態になっていた。

私自身が豊浦を卒業して40年、58歳になった。

高校生であった自分が思い描いた50代は当時、明るい展望の描けない半永久的に訪れて欲しくない未来であった。

ところが、そんな忌み嫌った実際の50代の人生は、来てみると案外と楽しい。

自分の周りで60歳代、70歳代で生き生きと輝きながら働く方々の姿、そして今回の永冨夫妻のハツラツと生きている姿を見ていると、私自身もそれに付いて行こういう気分にさせられる。

楽しい50代の先にある60歳 (還暦)や70歳の曲がり角の先にはきっともっと素敵な景色が広がることを信じている。

学校と言う垣根を取っ払って先生と長時間、有意義な話が出来て一生の思い出に残る素敵なひと時を過ごさせて頂いた。

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